2年前、家族で豆満江を越えたという40代の主婦によると、「ジェームズ・ボンド主演の洋画ビデオを自宅で借りて見たが、その時はボリュームを最も低く抑えて、TVに布団をかけて外部を警戒した」と語っている。また、ある脱北者は「中朝国境地帯でハリウッド映画や香港の活劇DVDなどとともに、最近は韓国TVの大河ドラマや韓国映画を複製したDVDなどが大人気」と証言している。そしてある脱北青年は、「不法複製の韓国ドラマは、殆どが中朝国境を往来する担ぎ屋おばさんが行っている密輸で、人が集まる農民市場では子供も韓国DVDを商う」などと証言している。
北社会に、ことほどさように昨今の韓国TVドラマが普及していて、国境地帯では最新作の韓国ドラマを放映する私設の映画館まで出現している、などという情報もある。
DVDやテープなどが運んで来る「韓流」ブームの後押し役は、中国TVによる韓国番組の放映である。北朝鮮は大半、延辺中国朝鮮族自治州などと国境を接するので、延辺TVを国境地域の人々は恒常的に視聴できる。この延辺TVは、2004年に韓国と文化協定を結んで、KBS、MBC、SBSなどの人気ドラマや映画などをソウルと同時に放映できるので、国境周辺の北朝鮮住民は中国製TVを保持していれば、韓国TV番組まで日常的に視聴が可能となった。
映画DVDや韓国TVドラマは、「韓国生活は北朝鮮よりも貧しい」という金正日のプロパガンダを瞬時に打ち破る力がある。韓国TVやDVDの韓国テレビなどを見たある北住民は、「韓国には各家庭に自動車があり、普通の人が日常的に綺麗な衣装で着飾っている。外国旅行もできるし、普通の人々も家を買える」ことを知る。そして政治問題に敏感な人々は、韓国では権力者の「悪口」が日常茶飯事で、反政府デモも行われ、個人が裁判所に訴訟する権利があることも分かる。視聴者は韓国ドラマなどに熱中しながら、北朝鮮と韓国の生活内容、思想、信条の自由問題などを自分の目でもって確かめられるのである。その意味で、極端な情報封鎖で体制維持をはかっている金正日にとって、韓国TVの情報はじつに由々しき事態である。
北朝鮮の韓流ブームは国境地帯に留まらない。ピョンヤンで仕事をしている外国ビジネスマンによると、「北朝鮮高官への最高の贈り物は、これまで高級タバコであったが、最近は最新の韓国ドラマに代わった」と証言している。ピョンヤンでは多くの人がDVDプレーヤーや、レコーダなどを所持しているから、韓国の新作ドラマは大いに歓迎されるのである。
興味深いことだが、休戦ラインに配属されている北朝鮮兵士も韓国のラジオを聞いており、韓国の経済発展や最新の流行歌にも詳しいことが脱北者の話に出てくる。また韓国に向き合っている江原道、黄海南道などでは、韓国TVをひそかに視聴する人々が出現し、中国製の中古TVを商売にしていた亡命者によると、江原道などでは家で隠して韓国TVを視聴できる12インチ型(ノートパソコン程度)小型TVの需要が多く、いい商売になったと伝えている。
こうした結果、北朝鮮住民の対韓国観に、従来見られない変化が起きている。前掲の「ワシントンポスト」紙に登場した主婦は「韓国TVドラマを見てから、金正日政権が人民のために存在していないことを知った」と語った。またある脱北者は「韓国が米国の植民地で乞食ばかりということが、労働党の宣伝でまったくの嘘なことを悟った」と告白している。北朝鮮をしばしば訪問する朝鮮族の女性も「以前、北朝鮮住民はしばしば韓国に対して敵対感を示したが、今はそうではない。彼らは豊かな韓国が自分らを助けてくれることを願っている」などとまで話しているのは、韓国ドラマや映画のDVDなどのお陰である。
それだけに北朝鮮当局は韓国のドラマや映画などの拡散などを「体制を揺るがす非常事態」として警戒し、根源になる中国製TVの取り締まりを強化して、韓国DVDや中国TVの視聴者を摘発している。摘発は中央逓信省傘下に属する27局が行う。彼らは突然、非常警戒と称して民家に押し入ってTVチャンネルを点検し、北朝鮮以外の視聴可能なチャンネルを発見すると、TVそのものを没収する。しかしそれでも中国TVの視聴者は後を絶たないため、件の27局はTV技術者を各家庭に派遣してTVの回路を強力接着剤などで固定化し、リモコン装置を取り上げていく。
北朝鮮国営の「朝鮮中央TV」だけに視聴を限定させるチャンネル固定化策が進行しているのである。しかしどんなに妨害しても、韓国ドラマや中国TVを視聴する住民はいるようで、当局が摘発に乗り出すと、30~50個もの「違法TV」が没収されるという。この摘発過程で監獄に収監される住民も増えており、囚人の10%程度は「違法」視聴者や、韓国映像物の複製、配布などの逮捕者だという。
北朝鮮では昨今、押入などで隠れ視聴できる小型TVブームが起きている。このTVは12インチか14インチ型の中国製で、ノートパソコンぐらいのTVサイズは全部、密輸品である。昨年まで15万ウォン程度で売買されて、韓国TVの見られる江原道、黄海南道などで主に取引されたが、現在の販路は国境地帯に移って、売買価は20~25万ウォンと、50%も値上がりした。
もっとも国境から相当離れている内陸地域の韓流メディアは、これからのようだ。金持ちなどは不法複製の韓国ドラマを相当買っているようだが、一般人は官憲の取り締まりを恐れている。「北朝鮮の韓流メディアは、中朝国境と首都ピョンヤンで主に拡がり、内陸部の情報閉鎖状況は現在も基本的には変わっておらず、外部とは隔絶された社会」と前掲の「ワシントンポスト」は診断している。
さる7月、北朝鮮人民保安省は「社会と国の制度を危険にさせる者は厳罰」と布告し、法的に認められていないカラオケ、私設映画館、録画センター、コンピューター・カフェ、電子娯楽室などの営業停止を命じた。これは首都ピョンヤンで拡がっている韓流メディアの遮断が目的で、韓国文化を中朝国境で押さえるのが狙いである。
北朝鮮の韓流ドラマの人気や拡散は、ソ連や東ドイツの人々が「西側社会」の実態を知って動き出した冷戦崩壊を思い出させてくれる。
資料「連合通信」2007・11・21、「東亜日報」11・22、「ディリーNK」11・12など