東大名誉教授和田春樹先生は、「安倍政権の時代錯誤で非現実的路線から、日朝国交正常化の早期実現を目指すなかで日朝間の諸問題に誠実に取り組むという平壌宣言の考え方に変わるべきだ。また、それを確実なものにするためには世論を変化させることも必要だ」と福田政権に政策転換を求めた後、拉致については、全員生存、全員返還という安倍路線は行き詰まっているから、「生存者がいれば全員帰国、安否不明者に関してはさらに誠実に調査を求めるという要求に取り替えるべきではないか」と提言している。
「遺骨問題」については 「日本側の鑑定に対する疑問が存在する。遺骨を返さなかったり再調査に応じなければ、日本の鑑定の正しさを国際的に主張することが困難になる。日本は拉致問題を二国間で解決していくと腹を決めるべきだ。核無能力化の段階に進めば重油提供にも当然加わらなければならない」という。
そして「福田内閣は、『拉致で進展がないので制裁を延長すると』発表したが、制裁措置はミサイル発射実験と核実験に対するもので、拉致に対する措置ではない(筆者注・この部分は事実誤認)。ミサイル実験は停止されており、核問題に関しては6者で進展がある。制裁を部分的、段階的に解除していくという方向に進むべきだ。また日本側が過去の清算について誠意を見せるのであれば個人補償を前倒しで実施するという道も考えられるべきだ。在日朝鮮人に対する弾圧の問題でも、国内に対立を作り外交に利用するという倒錯したやり方はいけない」と述べている。
次に、慶応大学小此木政夫教授は、「小泉外交の特徴は、国交正常化を正面に掲げて、そのプロセスの中で拉致を解決しようとする『出口論』だった。一方の安倍外交は『拉致問題の解決なくして国交正常化なし』という『入口論』だ」とし、この「日本の独自制裁路線は、6者会談という国際協調路線に抵触せざるをえない。拉致問題解決路線と非核化路線が両立しないような状況が現出している。福田外交は大筋として平壌宣言路線に乗っている」が、制裁を解除できないでいるのは、「安倍外交の遺産に拘束されているからだ」という。南北首脳会談、6者の前進は「日朝にも大きなチャンスが到来している」と、これも米朝接近を理由に上げて、対話路線に変えろという。
一方、国士舘大学小牧輝夫教授は、 6者協議が進んだのは日本の制裁とは関係なく、「北は経済的に困難なので日本が何をやっても必ず応じるはずだという安易な考えは捨てるべき」で、「人道支援は国際的基準からいってもやるべきだろう」という。つまり経済制裁は効果がないと主張している。
静岡県立大学の平岩俊司教授は、「情勢は目に見えて進展している」日本政府も北の姿勢を肯定的に評価し、自身の姿勢を変化させていく必要がある。核問題の進展を日本が邪魔すると米、中、韓などからも声が挙がり始める。日本は拉致問題について明確なラインを決めなければならない」と述べている。
他に津田塾大学高崎宗司教授、東大の姜尚中教授が発言しているが、省略する。
Ⅱ
諸先生方の主張をまとめると、米朝が接近している、制裁などという時代錯誤的政策を変え、拉致解決は日朝交渉の入口ではなく、出口で解決せよ、ということに尽きる。これを読んだ筆者は、諸先生方にとって拉致は、金正日政権の日本に対する主権侵害であり、人権蹂躙で許し難い行為という捉え方は微塵もなく、怒りを全く感じとれない国籍不明の人たちだ、と思った。
平壌宣言が実施できなかったのは、金正日が日本人の拉致を認めたことに日本国民の怒りが爆発して交渉が出来なくなったのではないか。金正日に対する制裁が何故に国民の支持を得たのか。和田春樹氏は、安倍政権の対北政策を「時代錯誤」と呼んでいるが、自国民が拉致されても怒りを持ち得ない人間は、私の目には「誇りを失った哀れな植民地人間」と映っている。
結局のところ、制裁を解除せよという唯一の根拠は「米朝接近」である。しかし、シーファー米駐日大使は、ブッシュ大統領に「テロ支援国家指定解除を約束したとしたら、『太平洋における最も親密な同盟国を裏切ることになる』として、日本との同盟関係を重視する観点から、解除しないよう求めた」という電報を送っている(産経新聞10月25日)。シーファー大使は日本人ではない。姜尚中氏を除き筆者は他の全ての諸先生と面識があるが、彼らが日本国籍を有していることは間違いない。
諸先生は、日本が主権侵害に抗議し、人権蹂躙を解決することをなぜ国家の最優先課題と考えられないのか。金正日テロ政権がシリアに核を拡散していることを事実上不問に付し、核の廃絶ではなく「無能力化」交渉を進めているブッシュ政権の間違った政策、日本の安全が脅かされる政策をどうして懸念を抱き批判しないのか。
諸先生方は逆に、米国の誤った政策を「情勢の肯定的変化」と捉え、拉致解決に全く誠意をみせない金正日政権に対する日本政府の制裁を「解除せよ」と福田政権に要求している。1995年から今日まで歴代の日本政府は、金正日政権に日朝交渉実現のためと称し150万トンのコメをただとりあげられた恥ずべき歴史を持っている。
また、韓国の金大中・盧武鉉政権は、日本など比較にならないほど金正日政権を援助してきた。結果は、北朝鮮の国民生活のより一層の困窮であり、 一握り富裕層の出現だ。そしてミサイルと核実験ではないか。安倍・福田両政権はこの過去の誤りと現実を踏まえて「圧力と対話」政策を継続しているのだが、この政策のどこが悪いのか。
更に日本の制裁路線が「国際的に孤立する」というが、拉致担当大臣の町村官房長官は、10月5日、家族会、「救う会」全国協議会役員と面会したとき、「拉致した政権に、拉致された国が援助に応じないことを孤立だという人がいる。孤立してなぜ悪い。第一日本は孤立などしていない。日本の資金供与抜きに6者協議はまとまらないから孤立などさせることは出来ない」と明言した。諸先生方のブッシュ政権への従属的態度とこの官房長官の態度とどちらが正しいか。自主的立場からの拉致解決を示している官房長官の考えのほうが全面的に正しいのだ。
それにしても、自国並びに国民の利益をないがしろにした言論を展開する人たちを万国共通して「売国奴」と呼ぶが、諸先生方にはそうはなって欲しくないと思っている。
Ⅲ
さて、上記の集会が開催されたのが10月25日である。同じ10月25日、高村外務大臣は参議院の外交防衛委員会で拉致問題に関連して「(拉致被害者)数人が帰るということで解決というわけにはいかないが、進展にはなるかもしれない」と発言した。
翌26日、日経新聞は「日朝打開へ政府新方針――拉致・核進展なら段階的支援・北朝鮮に伝達――」と大きく報道した。その内容は筆者の10月28日付コラムで紹介しているので省略するが、問題は「日朝打開へ政府新方針」などが本当に存在しているのかどうかだ。
筆者が政府を取材して判明したことは、日経新聞の言う「政府新方針」は存在しなかった。拉致対策本部長は内閣総理大臣、副本部長が拉致担当の官房長官だ。その町村さんが「政府新方針」を知らなかったのだから、日経新聞の報道は誤報である。
同じ26日の夕方7時から被害者家族会と「救う会」全国協議会役員が福田首相と面会している。この25日と26日に拉致問題をめぐって起きたいくつかの現象は偶然の一致か、ということである。違うと思う。なぜなら、福田内閣が成立して1ヶ月になるが、この間に拉致対策本部では会議が開かれていないのだから、新方針など討議できるはずがない。政府の別のセクションで議論がなされていたなら、官房長官が知らないことなどありえない。
すると、日経新聞の報道はなんだったのか。色々のことが推定されるが、誰かが福田内閣の対北朝鮮政策の転換を狙ってアドバルーンをあげて政府内や政界の反応を見ようとしたのではないか、と筆者は現時点で推測している。
上記の日経新聞の解説記事の見出しは、「『行動対行動』成果を目指す――米朝接近が背中を押す――」とある。「行動対行動」という表現は、金正日政権以外使用しない用語であることから考えると、この解説記事には〝北筋の下敷き〟があったものと類推される。
非常にはっきりしていることは、当時の政府内の事情からみて、日本側から動いたものではない、と断言できる。
冒頭で紹介した日朝国交促進国民会議での諸先生方の発言と日経新聞の中身は細かいところでは違いがあるが、福田内閣に、米朝接近が進んでいるから対北朝鮮政策の転換(制裁解除)をはかれ、という点では完全に一致している。実は、ここがポイントなのである。
Ⅳ
いきなり話は過去にさかのぼるが、かつて筆者は総聯と付き合っていたことがある。1966年、統一朝鮮新聞社が「朝鮮統一年鑑」を刊行したのであるが、当時、朝鮮大学校の教師であった朴慶植氏が、筆者が事務局長を務めていた日本朝鮮研究所に訪ねてきて、同年鑑の批判を機関誌「朝鮮研究」に書くよう要請した。
筆者はまだ読んでもいなかったので、「読んでから編集会議にかけて検討します」と応対すると、朴氏は批判すべきだと執拗に要求した。あまりのしつこさに、とうとう我慢できなくなって「総聯は日本人団体の雑誌の編集にまで関与するのか」と言って、要求をしりぞけた。
また、1968年、北朝鮮が南(韓国)に武装ゲリラを侵入させるという事件が起きた。すると総聯国際部は「あれは南から出たゲリラである」から機関誌に書け、とこれまた執拗に工作してきた。勿論拒否した。
当時、評論家の藤島宇内氏が「総聯がゲリラは南から出たと書いて欲しいというから、『自分たちで書けばよい』と答えた。するとわれわれが書くよりは日本人の先生が書いたほうが説得力あるから……」といっていたという話を鮮明に記憶している。
もうお分かりいただけたと思うが、北が政策を新たに展開するとき、または弁解するときは必ず日本人の団体や個人を使う。これは彼らの昔からの常套手段なのである。冒頭紹介した和田春樹名誉教授の話を読んでいると、従来金正日政権が日本向けに言ってきたことと瓜二つである。
工作の仕組みは次のようになっている。金正日政権は、福田内閣の実現を機に、同政権を話し合い路線に転換させるために総聯の日朝国交促進国民会議担当者による工作を開始する。また日経新聞にルートが出来れば、どういう資料を提供し、何を書かせるかを工作する。また、仮に高村外務大臣にルートが出来れば、何を流すかという綿密に検討された方針を持って近づいていく。
1967 年韓国情報機関が、ドイツのベルリンで韓国の大学教授・留学生などが国家保安法と反共法違反容疑で、北朝鮮のスパイと接触していたとして194名を逮捕するという事件があった。このとき、総聯国際部は筆者に「あれは韓国情報機関のデッチ上げだ。資料を提供するから、岩波書店の雑誌『世界』編集部に話はついているから書かないか」と言ってきた。勿論断ったが、工作はこんな形で行われているのである。当時、「世界」編集部は朝鮮労働党の対日工作の一翼を担っていたのである。
総聯内で指揮をとっているのは、学習組(朝鮮労働党日本支部)指導部である。学習組を指導しているのは、朝鮮労働党の謀略機関が入っている3号庁舎内の統一戦線部だ。
自国と国民の利益を考えない人間は、主観的意図はなんであれ、所詮、金正日政権に利用されることになる。諸先生方は、国民の目はもうそんなに甘くないことを知るべきである。