現代コリア

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謀略が始まったのでは……           

佐藤勝巳

(2007.10.28)

 

    なにやら変な動きが始まっている。日本経済新聞は、5段見出しで「日朝打開のへ新方針」なる見出しを目にして、え!え!、これは何だと目を見張った。リード記事はこんな具合である。

 

    「政府は膠着(こうちゃく)にある日朝関係を打開するための対処方針を固めた。拉致被害者の帰国を最優先する考えを明確にした上で、拉致、核、ミサイル問題の進展にあわせて段階的に制裁解除や北朝鮮支援に応じる『過去の清算』など国交正常化を最終目標にお互いが取るべき行動を整理し実行していく枠組み作りも検討する。北朝鮮が日本人拉致問題の解決に踏み出しやすい環境を整え、歩み寄りを促す」(07年10月26日)、というもの。

 

    他方、高村外務大臣は25日の参議院外交防衛委員会で、民主党の白真勲参議院議員の質問に「(拉致被害者)数人の方が日本に帰るということで解決というわけには行かないが、進展になりうる」(読売新聞10、26)と述べ、被害者数人が帰れば拉致問題の「進展」と受け止める可能性を示唆した。

 

    日経新聞が言う「日本政府」は、具体的に内閣官房を指すのかどうか不明であるが、仮に日経新聞のニュースソース外務省だとすると高村外務大臣の発言と妙に符合する。少しニュアンスが違うのだが10月26日夕方の家族会・救う会と福田首相の会見のとき、首相は日朝間で「話し合う環境が整いつつある」と発言し、参加者の関心を呼んだ。更に、引き続き私の関心を呼んだのは、高村外相が参議院で答弁した同じ日の午後4時から、家族会・救う会役員5名は、米大使館の要請で、テロ支援国家指定問題を巡って一等書記官と意見交換を2時間余行った。その席で一等書記官は「高村外務大臣が(拉致被害者が)『数名帰国なら進展』と発言したがこの発言をどう思うか」と問われ、われわれは初めて高村発言を知った。

 

    さて、「数名帰国なら進展」という高村発言であるが、従来の拉致対策本部の考えとまるで違うものである。拉致対本部の「進展」とは「金正日が日本人拉致を認め(金正は拉致解決済みといっている)、日本への帰国交渉に応じたとき」をいうと規定している。外務大臣は拉致対策本部の構成員であるから、「進展」の中身を知らないとは言わせない。最も外務大臣が参議院で答弁した25日は、佐々江アジア大洋州局長も谷内事務次官もテロ支援国家指定解除問題でワシントン訪問中で東京不在のときの出来事である。

 

    救出方針に関わる重大なことを拉致担当大臣でない外務大臣が、担当大臣(官房長官)を差し措き、発言をすることは考えられないことである。筆者が拉致対策本部を取材して分かったことは、福田政権になってから、「拉致対策本部の会議を開いていない。だから救出方針の変更などありえない」との回答が返ってきた。

 

    高村発言は何か意図があるといわれても仕方がなかろう。この外務大臣の言動と日経新聞の上述の記事を重ね合わせて読むと福田政権1ヶ月目に政権内部の「話し合い派」の巻き返しが始まったのではないかと推測される。

 

    その根拠は、上述の日経新聞の「対北朝鮮政府方針『行動対行動』成果をめざす」-米朝接近が背中を押すーという解説記事の見出しがすべてを物語っている。多少北朝鮮の文章を読んでいる人間ならすぐ気が付くことであるが、「行動対行動」という表現は金正日政権の専売特許で、日米中では殆ど使用しない表現を見出しに使っている。語るに落ちるということではないか。

 

    それはともかく、解説記事は、安倍政権のやり方では日朝は行き詰まって身動きできなかったが、「急速な米朝接近も福田康夫首相の背中を押した。懸案解決で互いが『行動対行動』の原則で拉致問題の進展をめざすが、北朝鮮の出方は読みきれない」と不安も記している。続けて「福田首相は強行一辺倒の北朝鮮政策にかねて疑問を呈していた。安倍政権との違いは金正日政権を敵視するか、交渉相手とみなすかだ」と記し、国交正常化をうたった平壌宣言の「原点に戻り、金総書記の決断を促す戦術だ」という。

 

     非常に興味ある解説記事だ。こういうのを「謀略」というのであろう。政府と書いているが、前述のように政府のどこで新方針が決まったのか。肝心の拉致対策本部は既述のように全く知らない。福田首相は安倍晋三氏の対朝鮮政策に疑問を呈していたというが、当の福田首相は、10月26日のわれわれとの面会で「官房長官を離れて3年半朝鮮問題に疎くなくなっていたが、この1か月で漸く飲み込めてきた」といっていた。続けて、中山補佐官の「政府が一体となって救出取り組まなければならない」といった発言を捉えて、首相は、「中山さんは良いことを言った、過去は圧力派、融和派などがあったが、今は一体だ。政府は一体でないと駄目だ」強調した。日経新聞の記事と福田首相の発言とは大違いだ。

 

     この日経の報道は、かつて外務省審議官で日朝交渉を担当した田中均氏が書いたのではないかと思わせるほど似ている。「最近、田中均氏が北京で北朝鮮高官と会った」とか「レンボーブリッジの小坂代表と一緒に動いているとか」色々な噂が急に耳に入ってきていた。事実は知らないが、金正日に圧力を加えないで交渉の成果が期待できるという人たちが、動き出したということだけは言いそうである。それに日経新聞が使われたということではないのか。


    高村発言、日経新聞の報道、米大使館の家族会・救う会への接近など、その背後にワシントン、ピョンヤンの影が見え隠れしている。