現代コリア

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今までが孤立

田 中 明

(2007.9.15)

 

    今年も八月一五日がやってくる。

 

    先日、小中学校で同級だった友人と会ったら「平成になってからもう一九年だぜ。来年は二〇年ということになる」と言われた。彼の言わんとすることは分かっていた。われわれは大正一五年つまり年末には昭和になった年に生まれ、その二〇年に敗戦を経験した。あの中身の詰まった二〇年と、あっという間に迎えんとしている無味乾燥の平成二〇年との差に、彼は腹立たしさと空しさを処理しかねていたのだ。

 

    中身のないカスカスの二〇年――骨粗鬆症(こつそそしょう)というのは骨が隙間だらけの海綿状になって、脆く折れやすい症状だそうだが、日本という国自体も骨粗鬆症になっているらしい。複雑骨折などにならぬよう、心身を引き締めなければなるまい。戦後六〇年の泰平のなかで失いかけた正心を、取り戻すことに専心しなければならないのだ。

 

    その過程で、中国や朝鮮がなぜ執拗に反日を呼号してきたかも、おのずから分かってくるであろう。彼らは反日が、労せずして日本を慴伏(しょうふく)させる手軽な手段と見てきた。彼らの目に映じている日本は、アメリカに保護管理された平和のなかにぬくぬくと収まりかえって、ひたすら金儲けに努めてきた国であった。卑しく臆病な国だから、利をもって誘うもよし、脅しによって従わせるも良し――というのが彼らの判断だった。要するに、日本をナメきっていたのである。

 

    もし日本に、「普通の国」なら持っているだろう、なにがしかの気概があったら、彼らもあんな傲岸な態度は、とらなかったはずである。日本は巨大な富と強力な武器を備えた国である。にもかかわらず、ずっと蔑まれつづけてきたのは、精神が骨抜きになっていたからだと見ざるをえない。

 

    三月号の本欄で紹介したように、今日の日本は、元外務次官だった人が、外務省の発行誌のなかで「日本は過去の反省を、世代を越えてつづけるべきで、『普通の国』になってはならず、国家として『一人歩きはしない』という誓約を守りつづけるべきだ」と述べている国である。日本の支配層に属する人が、自国が一人前になるのを禁じようとしているのだから、外国がナメるのも当然であろう。

 

    現衆議院議長の河野洋平氏も、ひどい男である。かつて宮沢内閣の官房長官時代、彼は従軍慰安婦は政府の強制によるものとみなすような談話を発表した。この談話は事実に基づいたものではなく、元慰安婦の一方的な「証言」をもとに作成されたものだった。そんな材料で強制性を認定するかのような談話を発表したのは、目前の日韓関係を調整するため、韓国の要求に従ったのだ、と当時の官房副長官が語っている。

 

    政府がそんな談話を発表すれば、その後いくら事実関係を挙げて強制を否定しても、相手は「政府がすでに認めているのに、いまさら何を言うか」と突っぱねることができる。実際、南北朝鮮は日本側が具体的事実を挙げて反論しても、河野談話を盾に振り向こうともしない。

 

    だからこの談話が長期にわたってどれほど日本に害をなすか、計り知れないものがあるが、河野氏は、日本の政治家として、このことを真剣に考えたことがないようである。

 

    発表から四年後の九七年三月三一日付の『朝日新聞』で、あの談話は正当だったと強弁している長文の談話は、そのことをよく示していた。彼は「法律などによる強制という狭義の強制はなかったかも知れないが、『本人の意思に反して集められた』広義の強制があった」と言っている。それは政府の強制という事実が見出せないため、運動家たちが使い始めた窮余の詭弁をなぞったものである。

 

    さらに彼はあの談話に対する批判が大きくなった今年の三月、それに対抗して「従軍慰安婦問題を否定するような議論をするのは、知的に誠実でない」と語っていたという(『産経新聞』三月二七日付)。「知的に誠実でない」などという言葉をよくも吐けたものだと思う。「盗っ人たけだけしい」というのは、こういうことを言うのであろう。

 

    かつて彼は外国旅行の途次、嵐にぶつかって乗っていた飛行機が台湾の飛行場に緊急着陸したことがあった。そのさい彼は、嵐がおさまり機が離陸するまで、機外には絶対出なかったという。そして、その後中国で「私はあのとき(中国に従わない)台湾の地は一歩も踏みませんでした」と威張ったそうである。程度の悪い笑い話で、初めは媚中派・河野洋平をからかう誰かの創作かと思っていたが、彼の言動を見ていると、だんだん本当のように思えてきた。

 

 

    さて、こんな浅ましい人物をわざわざ取り上げたのは、いまの日本にはこうした手合いが上層部にかなり巣くっているからである。そうした土壌があるために、親中派や親北朝鮮派が叢生し、北朝鮮に拉致ということまで、ためらいなくやらせる条件を作ってきた。

 

    中国や朝鮮はすさまじい政治闘争の長い歴史を持っている。賄賂で抱き込み内側から腐蝕させて、自分たちの言うことを聞く分子を養成していく……。島国のおぼこい政治家を籠絡するのなど、赤子の手を捩るようなものらしい。「北朝鮮に言うべきことはちゃんと言ってやる」と勢い込んで訪朝した人間が、帰ってくるといつの間にか向こうの代弁者になっていた、というケースは珍しくない。だから朝鮮総連は、税金対策にしろ、信用組合を利用した金正日政権への献金作りにしろ、好き勝手を長期にわたってできたのである。

 

    そうしたことを横目に見ながらこらえてきた日本国民も、拉致問題を契機に憤懣を爆発させた。この問題で毅然たる態度を持してきた安倍晋三氏を、五〇代の若さで首相にしたのも、そうした国民の怒りであった。だからわれわれは、やっと迎えたこの機会を逃さず、この怒りをテコに積年の悪しき関係を断ち切らなければならないのである。この機を逸すれば、わが国は、カネはあっても意気地のない国として冷笑の対象でありつづけるであろう。

 

    戦後の清算は、いまや緊急の課題である。なぜなら戦いに愛する人を失い、敗戦後の「情けない日本」に耐えて、正心の回復を願っていた人たちの持ち時間が、もう少なくなっているからである。「朝日歌壇」につぎのような歌が、二人の選者によって選ばれていた。

 

 戦没の叔父の骨壺は石ひとつ守り来し叔母は呆け始めたり    (東京都 狩集祥子)

 

    われわれはこの「叔母」が呆けきる前に、日本の回生をもたらせる必要があるのだ。

 

    しかし、状況は必ずしも良くない。米国が北朝鮮に譲歩を重ね、国交正常化も考えられるということになると、日本国内にはたちまち「拉致にこだわっていると、日本は孤立化するのではないか」とか「強硬路線にしがみついて、和解へ向かうバスに乗り遅れるな」という声が上がっている。

 

    だが、相手の様子が変わったからと言って、その一顰一笑(いっぴんいっしょう)にいちいち対応するのが、孤立防止策ではあるまい。第一、言われているような「孤立」とは何かも曖昧である。孤立憂慮論者は、どうやらいままでの日本が「孤立」していないと思っているようだが、それは「迎合」の現象であって、真の名誉ある盟友として受け入れられていたのとは違うのではないか。

 

    第一次湾岸戦争のさい、日本は一三五億ドルという多額の金額は拠出したものの、戦いにコミットすることから逃げたため、助けたはずのクウェートからも感謝されなかった。あれはまさしく「孤立」ではなかったのか。それを孤立とは思わず、他者の顔色を見て「赤信号、みんなで渡れば恐くない」式の道ばかり探ってきたのが、これまでの日本だった。いまはそうした体質を大転換させなければならない。孤立を恐れない毅然たる態度こそが、「徳ハ孤ナラズ」で孤立から脱する道である。それはこれまで何度も言ってきたように、平和を守る道は、無道な相手に対しては「一戦を辞さず」という気構えと体制を備えることである――のと同様である。