3月の作業部会での北朝鮮の態度は、拉致についての話し合いを事実上拒否したが、今回は、日本の話を聞くだけ聞こうという変化はあった。しかし、前述のように双方が自らの立場を述べ合うに止まり、話し合い継続を確認して終わった。
なぜ、変化が見られないのか。今に始まったことではないが、金正日政権は、米国が日本の拉致をどこまで本気で取り上げてくるか、様子を窺っているからだ。金正日政権の意図は、彼らにとって不利な拉致問題を脇において、朝米の正常化を図り、日本を屈服させるという戦略である(北筋の情報)。
問題は、ブッシュ政権が日本人拉致解決を米朝交渉のなかでどの程度重要視しているかどうかにかかっている。
9月8日のシドニーでの日米首脳会談で、安倍首相は、「拉致問題に対して、最近の大統領のインタビューにふれて『大統領が拉致問題を忘れないと発言したことを心強く思う』と述べたことに対し、大統領は『日本の敏感さは理解しており、忘れることは決してない』と応じた」(朝日新聞9月8日)と報道されているが、率直に言って、安倍首相の発言は緊張している情勢と大きなずれがある。
昨年秋以来の米朝の動きを見たとき、日本人拉致解決が米朝の邪魔になってきていることは明白である。だったら安倍首相が口にしなければならないのは「大統領が拉致問題を忘れないと発言したことを心強く思う」ではなく、「日本人拉致解決を米朝正常化の前提にすることを期待します」ではなかったのか。そういわれたらブッシュ大統領はどう答えただろう。
現時点で拉致を解決できるかどうかのポイントは、ブッシュ政権が、米朝交渉の中心に拉致解決を据えるかどうか、この一点に集約されている。それ以外にどんな解決方法があるのだろう。
ブッシュ政権は、米朝の正常化に(誤りであるが)「利益」を見いだしている。北筋からの情報では、金正日政権は、水面下で「金正日・ブッシュ会談を探っている」という。ブッシュ大統領の任期内に米朝の正常化を実現するためには、こんなことでもしなかったら実現できないはずだ。
拉致問題で安倍首相に上記のような発言をさせているわが国政府の情勢の捉え方は甘すぎる。今、政府が全力を上げてやらなければならないことは、対米工作(働きかけ)である。拉致対策本部は、総理大臣、官房長官を初め全閣僚によって構成されている。
対策本部構成員全員が、米国の自分のカウンターパートに向かって、「日米同盟強化のため、米朝正常化の前に日本人拉致解決を望む」とのメッセジーを送る必要があろう。国会議員も財界人もマスコミも、国民も知っている米国人に同じ言葉を送るべきであろう。
そうでなかったら、拉致が取り残され、米朝正常化が進む可能性が高まっている。こんなことになったら、日米同盟に亀裂が生じる。安倍政権の判断ミスということで首相は重大な政治危機に直面する。いや、日本国家が危機に陥る。
中国は、米朝の接近に米国に縄張りをあらされるとして強い警戒心を募らせている。米朝接近を黙ってみているとは思われない。また、12月の韓国大統領選挙の結果も野党候補が当選すれば、6者協議に重大な影響を及ぼすことが予想される。しかし、このいずれも日本が直接関与できることではない。
日本が主体的に関与出来るのは対米工作である。この働きかけによってブッシュ政権が米朝正常化の前提に拉致解決を入れ、米朝交渉に臨むことになれば、拉致解決の展望が開けてくる。われわれは、全力を挙げて危急存亡の危機を乗り越えるため行動を起こすときである。