現代コリア

TOP     日本     韓国(大韓民国)     北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)     その他     コラム一覧     佐藤勝巳     岡林弘志     五味洋治     田中明     会社紹介      

高位者加重処罰法はいかが

田 中 明

(2007.8.15)

 

    六月二九日の朝刊を見て、いやあ、驚きましたね。公安調査庁長官や高検検事長を歴任したエライ人が、かつては調査・監視の対象にしてきた朝鮮総連本部の土地・建物をだまし取ったという容疑で逮捕されたのだから――。もう何をか言わんやだ。

 

    ここに至るまでの過程の主なところをたどってみると――。

 

◆朝鮮総連は多年にわたり傘下の信用組合(朝銀)に不正な貸し出しをさせ、そのカネを北朝鮮政権に貢ぎつづけた。

 

◆そんな朝銀は当然、経営が破綻する。日本政府は預金者保護・朝銀再生のためというので総額一兆四千億円の公的資金を投入した。

 

◆朝銀の不良債権を引き継いだ整理回収機構は、総連に対する貸付金とみなした六二七億円の返済を総連に求め、裁判で争っていた。

 

◆総連は資金調達のため本部の土地・建物の売却を図りながらも、買い手のつかぬことに悩んでいた。総連の代理人、元日本弁護士連合会会長・土屋公献氏は、元公安調査庁長官で投資顧問会社の社長をしている緒方重威氏に出資者捜しを依頼する。五月下旬、緒方氏から出資者が見つかったむねの報告があった。

 

◆ここで緒方氏は「出資者は所有権移転の登記を確認してから代金を払う、というのを絶対条件としている」とウソをつき(資金調達の仲介者は、売買契約の五日前「調達はダメになった」と伝えている)、六月一日、所有権を緒方氏の会社に移転登記させた。

 

◆これらの事実がマスコミに漏れ、六月一二日、各社は「総連本部の土地・建物が、公安調査庁の元長官が社長の会社に売却されていた」と報道、社会の注目を集める。

 

◆六月一三日、東京地検特捜部は緒方氏宅などを、電磁的公正証書原本不実記録容疑で家宅捜索。一八日、土屋弁護士は、移転登記の取り消し手続きをしたむね発表。この日、東京地裁は総連に対し、整理回収機構が要求した六二七億円全額の支払いを命じた。総連は控訴を断念した。

 

    ――こんなふうに、われわれは半月あまり「元長官」とか「総連」という言葉を毎日見聞きさせられ、改めて総連(そして北朝鮮)の日本社会への浸透ぶりを、思い知らされた。日本人の取り込みは、拉致問題以来うまくいかなくなったが、多年にわたって播いたタネは、いまなお深部でしっかりと根を張っていたのだ。

 

    報道によれば、緒方氏は記者会見で「総連本部は、将来国交が回復すれば大使館になる場所。なくなって惨めなことになるのは、何の罪もない多くの在日の人たちだ」と言い、自分の行為は「朝鮮総連を守るという大義にのっとったものだ」と繰り返し「朝鮮総連をつぶせばいいというものではない。いずれ歴史が私のしたことを分かってくれる」と語ったそうである。

 

    恥ずかしげもなく、よくもこんな大仰な言葉を吐けたものだ。だが、これは堕落した人間が、自己を正当化するためによくやる手法である。惑わされたマスコミは、初めのうち緒方氏が総連に利用されたかのように見ていた。総連は本部の土地・建物が差し押さえをくらい、競売に付せられるのを防ぎたい。だから、一時買い取りの形をとってくれる人(買い取り後も総連の使用を許し、後で買い戻しに応じてくれる人)として緒方氏を利用したという見方である。

 

    ところが事実は逆で、緒方氏の方が総連をだましていたのだと検察は結論を下し、逮捕に踏み切ったのである。緒方氏と総連との仲介者になって、今回一緒に逮捕された不動産会社の元社長は、緒方氏と億単位のカネをやりとりする仲で、両者は総連関係の物件以外でも、暴力団絡みの地上げなどダーティーワークに関与していたという。

 

    となると緒方氏の所業は、元高官のスキャンダル中でも、最高に薄汚い性格のものではないか。わが国の高位人士の劣化は、ここまで進んでいたのかと、寒気をもよおした。

 

 

    さて、カネ狂いにはしって晩節を汚した元高官の話は、この辺で止めにして本論に入りたい。

 

    現代のエライ人たちは、昔と違って「お国」のことを考えていないのではないか――この思いが私の心の片隅では、ずっとくすぶりつづけている。こんなことを言うと「いや、そんなことはない。国会でもマスコミのうえでも、国のありようについては、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論がなされているではないか」と反論する人があるかも知れない。

 

    でも、あれはお国そのものを心配しての議論というより、お国に関する議論の論敵をやっつけるためのプレイである。私の旧制高校時代の教授は「社会学者で社会そのものと取り組んでいる人は少ない。たいていは学界でのライバルと取り組んでいる」と言っていたが、お国についての議論はその拡大版であろう。

 

    ではお国のことを考える人と、ライバル叩きに余念のない人とを分かつものは何であろうか。それはお国とその民を守ろうという意志の有無だと私は思う。エライ人とは、そうした意志に徹し、その手段方法に心身を労する人だった――はずである。だが、いまはそうではなくなっているらしい。

 

    国を守るというのは、武器を持って戦うことだけではない。国民の士気を低下させ、内部から腐蝕させようとする勢力の工作を防ぐ思想面・政策面での戦いも重要である。それに対して戦後日本のエライ人は、あまりにも臆病であり無関心だった。

 

    今回の緒方氏の事件は、もし北朝鮮がグロテスクな支配者の神格化と非合理的な施策で経済的苦境に陥り、総連に献金を強要しなかったら、生じない性質のものであった。

 

    多額な献金を実行するために、総連は朝銀に法律を無視した不正貸し出しをさせた。信用組合を監督するのは都道府県だが、彼らは威嚇と籠絡で地方自治体の監督を形式的なものし、思う存分なカネ作りをしたあげく、当然な帰結として経営破綻に陥った。

 

    日本側にそうした病的・暴力的な影響力を阻止する守国の体制があったなら、十分防げたはずである。だが、日本政界の大物は、その病巣を除去するより、延命の協力にはしった。政府は最終的に一兆四〇〇〇億円に上る公的資金を投入したのである。遵法の意志のない外国人の団体が、大手を振って日本社会を闊歩したうえ、厖大な公的資金を食い散らそうとしたのだ。

 

    日本の政治家の前には、総連に筋を通させようとしても票にならぬが、総連にサービスをすればカネが入ってくるという現実があった。

 

    総連は七六年に「朝鮮商工人の税金問題は、国税庁と朝鮮商工会とが協議して決める」など五項目の合意事項を国税庁との間に交わした、という。このことは九一年二月、総連本部が出版した『朝鮮総聯』という本の五六ページに載っている。こういう陰の折衝まで麗々しく報じているのを見たとき、ここまでナメられては、この人たちを日本の法秩序に従わせるのは難しいなと思ったものである。

 

    こうしたことは「オレたちは何をやってもいいんだ」という気分に総連人士をさせた。その極端な例が日本人の拉致である。日本の政官界は、永くこれを認めようとしなかった。実際、二〇〇二年金正日が認めるまで、日本のエライ人は、家族たちがいくら訴えても腰を上げようとはしなかった。「拉致問題で騒ぐのは、国交正常化の妨げになる」と言う外務省高官がいたくらいである。

 

    日本の法律など何するものぞ、と思っている手合いをそのままにして、そうした相手と国交正常化しようというのは、おのれの内部の腐蝕をさらに進めようとするようなものである。

 

    総連の代理人・土屋弁護士は「(北朝鮮と)早く国交を正常化すれば疑惑も脅威もない」とか「国交を妨げるのが拉致問題」と述べているよしで、これは同氏の「持論」なのだそうだ(六月二〇日付・産経抄)。これは同時に北朝鮮の持論でもあるが、こうした発言をしている人が、日弁連の会長をやっていたのだから、日本は無防備もいいところである。

 

    だから、こんどの事件も、不心得な元高官の詐欺事件と狭く考えてはなるまい。総聯=北朝鮮の手口が日本に何をもたらしているか、かの国との友好をめざすという勢力は、わが国を腐蝕させつつあるのではないか等々……日本を守るという広い視野から見なければならないであろう。

 

    もっとも、こうしたことは本来エライ人が、われわれ庶民に説き聞かせることだったはずである。われわれは彼らがわれわれより快適な暮らしをしようが、少々威張ろうが、いざというとき、国を守ることに敏感で、そのための戦いに身命を賭す人たちであればよい、と思っていた。日本にもノブレス・オブリイジ(高位に伴う義務)の伝統があると信じてきたのである。だが今は、それは幻想だと嗤(わら)われそうである。

 

    昔の武士は、町民や農民の上に立って威張っていたかもしれないが、彼らは庶民なら見逃してもらえる過失でも、腹を切らなければならなかった。辻斬りにやられたとき、刀を抜いて対抗する気配もなく殺されていたら、家は断絶させられた。

 

    そうした身分的特権とハンディキャップとを併せもった武士は、社会の高位者としてお国(この場合は藩)の支え手は自分たちだと思っていた。そうした階級の持つエトスは庶民とは違っていた。

 

    江戸末期、横浜にいた外国人の手記に「武士は礼儀正しく約束をたがえず、身なりは清潔でウソをつかないが、非武士は人の顔色をうかがい、ウソつきで、よく物を盗み不潔であって、同じ民族とは思えない」というのがあった(五〇年前に読んだとき「同じ民族とはうんぬん」という言葉が刺激的だったので覚えているが、細部は不確かである。誰の文章だったか、御存じの方はお教え下さい)。

 

    いまお国のことを考えてほしいと、エライ人に求めている私の脳裡には、昔の武士のような存在がイメージされている。だから、国を守るという至上課題に副えない、ただの特権者には「腹を召しませ」と言いたい気分である。だが、切腹は二一世紀のいま、夢物語であろう。ならせめて「高位者加重処罰法」でも作れないものか。エライ人が負荷の任を果たさず、法に触れることをした場合は、普通の人に課す罰の倍か三倍を与えるというような法律をである。