大統領選挙への地形を変えた補欠選挙、迷走するハンナラ党 「現代コリア」平成19年6月号掲載 洪 熒 (早稲田大学客員研究員) 国会議員と地方自治体の再選挙・補欠選挙の結果が年末の大統領選挙への地形を一挙に変えた。6者協議の「2・13合意」履行をボイコットしている金正日が、平壌で朝鮮人民軍創建「75周年」記念閲兵式を行った日(4・25)のことであった。激震の後、地形が変わるように、ハンナラ党の独走態勢のように見えた選挙政局の地形は一夜で変わった。 今度の選挙は、国会議員3人、基礎自治体長(市長・郡守)6人、基礎自治体議員45人の選出で、規模こそ大きいものでないが、選挙(投票)が全国にわたり、年末の大統領選挙の前哨戦としての重要な意味があった。したがってハンナラ党としては、特に、李明博・朴槿恵の両氏は今までの優位を確かめ、大勢を固めたかった。 ハンナラ党の22人(国会議員1、市長1人、基礎自治体議員20人)当選に対し、無所属は23人(市長5人、基礎議員18人)当選させている。他に民主党7人(国会議員1人、基礎議員6人)、国民中心党3人(国会議員1人、基礎議員2人)、ヨルリンウリ党1人(基礎議員)。無所属の躍進に、ハンナラ党だけではなく、すべての政党が惨敗している。 もちろん、選挙は勝つ時も負ける時もある。問題は敗北の性格である。多くの専門家や保守派が、「ハンナラ党への高い支持率」という世論調査は、盧武鉉政権に対しての批判・失望に過ぎなく、左派の候補が決まっていない条件での暫定的なものに過ぎない、と繰り返し警告してきたことが裏づけられたことになる。 ハンナラ党は、党事務総長をはじめ任命職の役員全員が引責辞退した。姜在渉代表は党の混乱加重を理由に辞退に抵抗しているが、李明博・朴槿恵両陣営の対峙で、党の事実上の分裂の危機感が高まっている。 与党だったヨルリンウリ党が、補欠選挙や地方選挙での国民の審判により解体へ向かったように、ハンナラ党も支持基盤の期待を裏切った傲慢さと油断により、有権者から厳しい審判を受けた。ハンナラ党の支持率は51・4%(3・29)から40・6%(4・28)へ急落し、盧武鉉大統領への支持率(34・8%)が、朴槿恵の支持率(19・3%)より高くなった(東亜日報4・28調査)。 大統領選まで後7ヵ月ほどの時点で、潜在的候補群も一斉に動き始めた。「汎与圏」(左派)から期待された鄭雲燦(前ソウル大学総長)は出馬を4月30日に断念した。同じ日に、ハンナラ党から脱党した孫鶴圭は、宗教人、文化人などを中心とした支持母体の「先進平和フォーラム」を発足し、ヨルリンウリ党からの離党組も「中道改革統合新党」を立ち上げている。韓明淑前国務総理も間もなく正式の出馬表明の予定であるという。 再・補欠選挙を通じ分かったこと 今度の選挙は、大統領選挙までの最後の国政選挙で、民心(世論)の底流が窺える貴重な機会だった。6つの市長や郡守選挙でハンナラ党の勝利したのはわずか1個所だけであった。 ハンナラ党や李明博・朴槿恵の世論調査での「支持率」は得票に繋がらなかった。つまり、今まで大統領選挙候補への「好感度」調査で示された「支持率」は、「盧武鉉との対立」という特定の条件の下でしか成り立たない、一種の虚構であった、ということが明らかになった。 大統領選挙の地域的キャスティング・ボートとして注目される大田(忠清道)では、国民中心党の沈大平前忠清南道知事が当選した。忠清道が地域基盤の「国民中心党」は元々金鍾泌の自由民主連合を基盤とする政党である。国民中心党としては、来年の総選挙に向け、独自の政治基盤が確認された意義が大きい。 全羅南道では金大中の次男の金弘業が民主党の公認で当選した。金弘業は、父が大統領の時、巨額の賄賂を受け逮捕されたが、盧武鉉により2005年5月に赦免され復権している。ところが、去年の夏ニューヨークで発覚した金大中の秘密資金と見られる3億ドル以上の巨額をアメリカへ流出させるのを指揮した張本人と言われた。金大中派の必死の支援で当選はしたものの、地元では前例のない強力な反発が見られ、ハンナラ党も二桁の得票があり、金大中という圧倒的なカリスマに明らかに翳りが現れ始めた。 ヨルリンウリ党は、05年以来、補欠選挙でハンナラ党に対し記録してきた「0対40の恥辱の連敗」にもう一つの敗北が追加された。党の看板を下ろす(もちろん、偽装廃業だが)解体への加速化は避けられない。 今回の選挙は、全国的に27・9%という低い投票率(ハンナラ党の市長が当選した京畿道華城では18・8%)と無所属の突出・台頭が目立った。無所属たちの善戦は、元々競争力のある有力候補を政党側が公認しなかったことと、政党側(特に、ハンナラ党)の体質やシステムに問題が多かったことにある、と指摘されている。白日の下に晒されたハンナラ党の脆さは、親金正日の左派に希望を与えた。ハンナラ党が持病の柔弱性で揺らぎ、党の内紛(李・朴陣営の相互攻撃)を収束できなくなると、政局主導力を急速に回復してくる盧武鉉の支援を得る「汎与圏」(左派)に、左派政権3期目へ向けての反転の機会は充分ある。 ハンナラ党の問題点 ハンナラ党は元々自分の努力でなく、盧武鉉・ヨルリンウリ党の失政で利益を得てきたので、盧武鉉と対決する時は強いが、今度のように盧武鉉やヨルリンウリ党が姿をくらますと、ハンナラ党の「力」も消えてしまう現象が確認された。つまり、ハンナラ党は「世論調査」の結果に安住し、政権側(盧武鉉)が政策路線において韓米FTA妥結など右派的演出をした途端、保守派を代弁するというハンナラ党の基盤は根底から揺らぐようになった。それなのに、ハンナラ党は未だ現実を見ようとしない。 有権者は今度の選挙戦を通じ、①ハンナラ党は自由主義・保守路線の唯一の代案・選択であろうか、②ハンナラ党は分裂せず最後まで結束するだろうか、③果たしてハンナラ党で左派に勝てるのか、という根本的疑問を抱くようになった。 それは、ハンナラ党やその有力大統領候補のアイデンティティーが曖昧であることや、6者協議の「2・13合意」後、機会主義的体質を現し、盧武鉉・金大中政権の親金正日路線に投降し、安保危機から目をそらす姿勢が到底保守的と言えないからだ。党の支持基盤である保守層を馬鹿にし、左派に媚びて金正日の悪政には沈黙する。もっとも、ハンナラ党所属の国会議員の秘書や補佐官の中には、朝鮮労働党の友党である民主労働党の党員が多数いるから、話にならない。一言で言うと、自由主義の理念とビジョンを提示し、親金正日勢力との差を打ち出さない限り有権者は、別にハンナラ党を支持すべき理由がないのである。 今の党指導部では候補(李・朴)陣営へのコントロールができないのに、指導部を新しく構成し直すのも時間的、物理的に容易なことではない。党員の大勢は未だに「大勢論」を信じ、党内予備選で勝つことだけにこだわり、左派勢力や金正日との本番での戦いよりも、敵前分裂・内部闘争に明け暮れ、党内の競争者の追い落としに没頭しているように見える。 政権奪還を目指す野党なら、政権を徹底追及しなければならない。しかし、ハンナラ党は野性や闘志がないだけではなく、闘おうとしない。闘うのを恐れているように見え、不戦勝を狙っているようだ。左派政権10年間の非理・弱点は山ほどあるから、いくらでも攻撃できた筈なのに攻撃しなかった。例えば、宋光洙元検察総長が4月20日、盧武鉉大統領の5年前の選挙戦の資金疑惑をタイミングよく(?)暴露したのに、この絶好の素材さえ使えなかった。 攻撃すべきチャンスを逃すと、必ず逆襲を受けるのが戦である。案の定、ハンナラ党の姜在渉代表の選挙区事務長の金銭スキャンダルが逆に浮上し苦戦に陥った。そもそも、ハンナラ党自身が金権体質が抜けておらず、腐敗イメージからの脱却ができなかった。 痺れを切らした保守・愛国勢力の中からは、ついに、ハンナラ党は自由陣営・愛国勢力の唯一の「代案」(代表)でない、という主張が噴出するようになった。つまり、ハンナラ党に代わる政治勢力として「反左派連合戦線」を作り、李明博や朴槿恵より優れた国民候補を選出し、ハンナラ党の候補と競争させて、真の自由陣営の候補を選ぶことを提案している。11月までこのように「政治的興行」を維持すると、「南・北の左翼権力」からの攻勢も克服できると、保守愛国勢力はハンナラ党より大きく局面を見ている。 左派には再起の可能性があるのか 2005年以来、補欠選挙で一勝もあげていないヨルリンウリ党は、党の看板をおろす作業中だったから、候補もほとんど立てられなかった。むしろ、党のイメージ消し作業に力を注いだが、最近、いつの間にか盧武鉉大統領とヨルリンウリ党は立場が逆転した。 ご存じのように、ヨルリンウリ党は盧武鉉が負担になり、党を割り、盧武鉉に脱党を求めた。ところが盧武鉉は、韓米FTA妥結で支持率を回復し、ヨルリンウリ党が国民の非難のターゲットになった。ヨルリンウリ党が盧武鉉を「再執権の生け贄」にするつもりだったのに、いつの間にかヨルリンウリ党自らが生け贄になりつつある。 いわゆる「汎与圏」の左派は投票まで後7ヵ月の時点で、候補探しに大騒ぎだが、では左派にはまったく希望がないのか。「月刊朝鮮」5月号に、盧武鉉大統領の側近8人をインタビューした興味深い記事がある。左派政権3期目に対しての自信感に満ちた彼らの本音や考えが分かるので要約して紹介する。 「盧武鉉大統領はまだ大統領選挙への介入を考えていないが、介入し候補を選択する場合は、孫鶴圭(前京畿道知事)か鄭東泳(前ヨルリンウリ党議長)を選択する可能性が大きい。朴槿恵がハンナラ党の候補になると韓明淑(前国務総理)を選択する可能性がある」 「盧武鉉の選択基準は、自身の政策基調を継承することと、義理である。盧大統領が候補を選択する場合はその時期は10月頃になる」 「歴代大統領選挙で現職大統領の支援を得ないで大統領に当選した例はない。盧武鉉の固定支持率(15%)と金大中の支持率を合わせれば、直ちに30~40%が確保される。それに、候補個人の支持率を合わせればその瞬間、もっとも強力な大統領候補が誕生する。盧武鉉と金大中が力を合わせ『汎与圏』候補を積極的に支援すると、ハンナラ党から李か朴か誰が出ても勝つのは難しいだろう」 「李明博と朴槿恵の両人は政治的限界や弱点で『汎与圏』に勝てない。朴は女性でなく女傑でなければならないのだ。李の支持率はバブルである」 「『汎与圏』の候補は早く決める必要がない。10月頃確定されるだろう。非ハンナラ党勢力を一つに束ね単一候補にすることが出来るのは、盧武鉉大統領と金大中前大統領だけである。敢えて、大統領選挙の過程で「汎与圏」政治勢力を一つにまとめる必要はない。というのは、大統領選挙の直後の来年4月の総選挙を考えなければならない。統合を先にやろうとすると、来年の総選挙においての各政党や政治勢力間の持ち分の確定が難しい。大統領選挙で勝利すれば、候補を中心として自然に『汎与圏』政治勢力が一つにまとまる。本選(大統領選)で『汎与圏』は一つに纏まるだろうが、ハンナラ党は事実上二つに割れる可能性が高い」 「未だ盧武鉉大統領の心の中に『汎与圏』の次期大統領の候補はない。『汎与圏』の次期継承者になるためには、金大中―盧武鉉大統領の継承者にならねばならない。盧武鉉大統領に叛旗を翻した人は候補になるのが難しい」 「汎与圏」の候補は11月になり、つまり投票の1ヵ月前に決まっても充分だと言う。「汎与圏」の策士たちはみんな、ハンナラ党には勝てる、と自信満々である。彼らに共通しているのは、失政に対して国民につゆほどの反省もない点である。この鉄面皮は金正日と共通する。左派は「大統領候補連席会議」や「進歩的」宗教人を中心とする「円卓会議」構想を打ち出している。 金正日の介入 青瓦台の秘書官(この秘書官は6者協議の代表団の一員でもある)まで連累説があった「一心会スパイ事件」では、4月16日のソウル地方法院一審判決で被告の5人全員に懲役4年から9年が言い渡された。 平壌側はこの判決に反発し、「北と南の同胞が往来し、和解と協力を図り、自主統一の道へ進む時代に、同族に会い統一問題を論議したらスパイだと弾圧するのは、初歩的な同族意識も、時代感覚も、統一意志もない者たちこそやれる犯罪行為」、「南朝鮮の司法当局の背後にはアメリカと親米保守勢力がある」として、「国家保安法の1日も早い撤廃と一心会事件関連者の無罪釈放」を要求(4・23労働新聞)した。韓国当局はただ黙っている。 平壌側は韓国を革命・統一の対象としているから、選挙の時こそ対南工作を強化するが、金大中政権以来、親金正日の左派が金正日に介入を要請しているかのようにも見える。 親金正日左派の本格的な「平壌詣で」は去年から始まったが、特に6者協議の「2・13合意」(北京)の後、「平和体制」構築という平和攻勢の一環で大規模な訪朝を急いでいる。李海吹i盧武鉉大統領の政務特補、元国務総理)の平壌訪問(3・7)は盧武鉉・金大中のダブル特使だったと言われた。 「開城工団」は「光州」に代わり「民主化勢力」の「聖地」化した、とヨルリンウリ党関係者が言ったように、丁世均党議長(3・26)、鄭東泳前議長(3・28)など大勢のヨルリンウリ党議員が平和体制のムード作りのため「開城工団」を訪問した。 文喜相議員など韓国の「民和協」(民族和解協力汎国民協議会)代表団130人が、平壌の「民和協」(民族和解協議会、労働党統一戦線部の傘下)の招請で4月27日訪朝した。ちなみに、南北に存在する「民和協」は、奇妙にも金大中が大統領の1998年、3ヵ月の時差を置いて平壌とソウルで発足した。他にも、南北に同時に出現した、似たような名称の団体としては「亜太平和委員会」(朝鮮アジア太平洋平和委員会、94年、労働党統一戦線部)と「亜太平和財団」(アジア太平洋平和財団、94年、金大中が設立)も有名である。 盧武鉉大統領の側近の金嚇圭ヨルリンウリ党議員や孫鶴圭前京畿道知事も5月初め、平壌を訪問する。大統領選に出たい孫鶴圭も、「平和と繁栄のための南北討論会」へ参加するために平壌を訪問する予定だが、やはり平壌の「民和協」が窓口である。 ヨルリンウリ党関係者などの訪朝の中には事前準備もなしで平壌訪問計画を発表するケースすら伝えられているが、驚くべきことは、訪朝の目的を「大統領選挙の公約(政策)と関連して平壌側と協議する」と堂々と明かしていることである。 盧武鉉政権は、国連安保理の制裁決議(1718号、06年10月)や6者協議の「2・13合意」の履行と関係なく、第13次南北経済協力推進委員会(4・18~22、平壌)で米40万トンと軽工業原資材(8千万ドル)の提供(5月下旬)に合意した。もっと深刻なのは韓国政府の安保無視、露骨な反逆的対北支援である。李在禎の統一部は、民間の協力事業を支援する形で巨額の現金を提供し始めた。知られた分だけでも、「金日成主席の革命思想と近代科学理論を体得した民族幹部養成」を目的にする「金日成総合大学校」へ9億ウォン(約1億1250万円)を、対南工作用の「鳳岫(ボンス)教会」へ3億8200万ウォン(約4780万円)などを今年支援する。 盧武鉉政権が朝総連学校を支援しようと躍起になるのは当然である。 激震の後、地上の余計な装飾や加工物が壊れ除去され、変わった地形が現れるように、年末の大統領選挙戦はようやく本当の出発ラインが見え始めた。より激しい激震は続くだろうか。 ハンナラ党は「幸いにも」惨敗した。大統領選挙まではまだ時間がある。保守派・愛国勢力にもいい契機になってほしい。
|