現代コリア

TOP     日本     韓国(大韓民国)     北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)     その他     コラム一覧     佐藤勝巳     岡林弘志     五味洋治     田中明     会社紹介      

映画「シルミド」を評す

洪熒

(2004.7.26)

 

    この映画は、1971年8月に発生した韓国空軍特殊部隊の軍事叛乱(実尾島、以下シルミド)をテーマとしたものである。韓国内で一千万人以上という観客を動員し、日本にまで輸出されている。

 

    この映画を一言で評するなら、殺伐とした汚くて耐え難い雰囲気の「低級の暴力映画」というほかない。にも拘らず多数の観客を動員したのは、「国家が社会的弱者を利用したあげく、政治的に邪魔になると抹殺をした」という過去の政権の容認し難い「犯罪」を「実話」として、告発形式をとって、一般受けする構成になっているからであろう。

 

    映画の中身は、(1)北(平壌)側が、韓国大統領の殺害を狙って、大統領官邸を襲撃する特殊部隊をソウルに浸透させ、(2)それに対して韓国側も対北朝鮮への報復を決定、(3)死刑囚ら重犯罪者で特殊部隊(シルミド)を作ったが、この部隊の出動命令が下らない内に、(4)国際情勢が変わり、南北権力間に和解の雰囲気が醸成され、同部隊の存在が障害となり出した。

 

    そこで国家権力が、特殊部隊の抹殺を指令した。これに気付いた「シルミド部隊員」らが自己防衛のため基幹兵(下士官ら教官)を殺害し、島を脱出したが、悲劇的な最期を遂げたという内容である。

 

    この告発映画の「実話性」を検証して見よう。金日成が1968年1月21日、朴正熙大統領殺害指令を発して、北朝鮮特殊部隊が大統領府(青瓦台)を襲撃するという事件(1.21事態)が起きたことは記憶に新しい。

 

    この青瓦台襲撃に対する報復のために1968年4月創設されたため「シルミド部隊」が別名「684 部隊」ともいわれたのである。国家は敵対勢力からの攻撃に対して、あくまでも報復と懲罰を加える権利を持っている。もしある国家が、自らの生存と尊厳を守る意志がない、或いは敵対的挑発に対する報復能力がないことが明らかになれば、そのような国は、続いて攻撃と侵攻の目標になることは他言を要しない。

 

    「宣戦布告」のできなかった韓国にとって「シルミド部隊」の創設は、「韓国の生存と尊厳を守る」最小限度の対応であった。まずこの点を確認しておく必要がある。

 

    さきにも触れたが、「シルミド事件」は、前述のように報復・懲罰のタイミングを逸したために発生したものである。最も望ましかったことは、青瓦台を襲撃されるようなことが起きない予防、抑止措置を平素から備えておくことであった。しかし現実は、攻撃を受けた直後に反撃部隊を急造すると言うのが当時の韓国の現実であった。

 

    わが国にとって不運であったのは、「シルミド部隊」創設直後から国際的緊張緩和(第一次デタント)が始まり、71年には米中ピンポン外交をきっかけに米中接近が公然化してきた。結局、わが国は報復が出来なくなったのである。

 

    短期間で極限的な訓練を通じ養成したこの部隊の管理の難しさは確かにあったと思う。しかし、国のため命をかけたのは「684部隊」だけではなく、野蛮、かつ悪魔の独裁体制から韓国を守るため軍人の全てが苛酷な訓練に耐えていたのが当時の韓国である。

 

    韓国が恥ずべきことは、映画で描かれているような「シルミド部隊」への給食すら疎かになっていたということである。北韓の対南工作員は長官(大臣)級以上の食事が提供され、もし、任務遂行中に死亡したら「革命烈士」の待遇を受ける。それに比べると韓国は国家のために戦っている兵士に対して余りにもお粗末な待遇であったことだ。

 

    映画の背景として上記の(1)、(2)は議論の必要はなく、問題は、(3)と(4)である。「シルミド部隊」の犠牲者のなかには民間人が含まれていたことはすでに確認されている。これは明白な過ちである。

 

    しかし、(4)は、当時の国家権力が、「シルミド部隊員」の整理(抹殺)の指令を出したのかどうかである。これに対しては厳密な検証が必要である。

 

    映画の制作者は、同部隊の基幹兵、そして脱走部隊員の殆どが死亡したという点で、「整理(抹殺)指令」という状況を「大胆」に設定し、過去政権(朴正熙政権)を批判している。

 

    今日の映画産業では、歴史書の中の一つの事例を取り出して、その時代を再構成して、ドラマを作ることは珍しくない。しかし、「シルミド事件」に関しては、当時の関係者がまだ生存しているし、関心のある人は、インターネットでも証言(反論)が確認できる。証人や情報があるのに映画はこれを無視して作成している。若い人たちは当時を知らないから映画の「指令」があったと容易に信ずる恐れがある。これは非常に重大なことである。

 

    結論をいうなら、南北の関係改善の障碍になる恐れができたので「シルミド部隊員」を抹殺せよとの指令は存在していなかったのだ。何故なら当時の朴正熙大統領が、今日の金大中ら左翼政権のように平壌(金正日)の機嫌を窺って「シルミド部隊」の存在を消すようにした可能性はゼロだからである。

 

    朴政権時代を韓国で生きた人間なら、どんな立場の人でも朴政権が、緊張緩和のために「シルミド部隊員」「抹殺指令」を出したなど信ずるものはいない。いたとしたら共産主義と毅然として戦ってきた朴正熙政権時代を意図的に知らせない、また、知ろうとしない人たちであろう。

 

    また、同じ時期に、同じ特殊部隊が陸軍と海軍に存在していたし、今でも存在している。

 

    この事実こそが、過去の権力者が、国際情勢の変化を理由に「シルミド部隊員」が邪魔になったから「抹殺指令を出した」という嘘を、完膚なまでに打ち砕く証拠である。

 

    金大中政権出現以来、最も憎むべき平壌の野蛮的独裁体制の批判はせず、歴史的には「反日」、唯一の同盟国米国に対する「反米」だけでなく、やがて自分の国の正統性をも否定する反逆、自殺行為に走ったのである。

 

    フィクションならもっと甚だしいものも多い。しかし、映画「シルミド」は「実話」だというから問題なのだ。この映画の制作者に聞きたい。「シルミド部隊員」よりはるかに危険で、より敏感で、より重要な仕事や情報を扱う人たちはいくらでもいた。彼らも抹殺されたのか。そんなことはない。どうして韓国をここまで貶めなければならないのか。

 

    いつの頃からか、韓国では、陰謀論に立って歴史的事実を再解釈するという風潮が見られるようになった。もっと言えば、自分の気に入らない歴史は「陰謀」として捉え、自分の望むように解釈していく。この映画はその典型的事例の一つと言える。

 

    韓国の普通の人々や、まして外国人は、映画「シルミド」の内容を検証する判断材料を持ち合わせていない。従ってこの映画を信じる可能性の方が高い。「韓国」の「国家ブランド」をここまで悪魔的に汚染した責任は極めて重大といわざるを得ない。

 

    韓国には、過去の「権威主義政府の政治的意図(陰謀)によった犠牲者ら」を救済するため大統領直属の「疑問死真相究明委員会」という組織がある。映画「シルミド」が描いた「シルミド部隊員を抹殺せよ」との「指示」が本当にあったのか。私は調査することを提案する。

 

    ただ、この映画の中で口にすることが憚られる汚い言葉が、日本語にあまり翻訳されていなかったことが、せめてもの救いであった。