与党幹部のコメ支援策動を糾す 佐藤勝巳 (2000.2.9) 一部報道機関は、再三、政府・与党は、日朝本交渉前に国際機関を通じて北朝鮮へ食糧支援(数十万、十万、数万トンの諸説)を検討、2月中に決定と報道している。 ちょっと待ってほしい。超党派訪朝団・野中広務幹事長は、昨年12月3日、記者会見の席上、日朝交渉再開には「無条件、前提なし」と断言したことは記憶に新しい。 ところが、1月5日付読売新聞(夕刊)に「複数の与党幹部」は、食糧支援が必要な理由をいくつか挙げた一つに、「北朝鮮は食糧支援が先に実施されない限り、本交渉の再開は困難との姿勢を取っている」また、支援しないと「国交正常化交渉という対話のチャンネルが途絶えてしまうと拉致疑惑が進展しない事態を招く」だから数十万トンの食糧支援が必要と発言している。
野中広務氏の発言に偽りがなければ、北朝鮮の態度は約束違反だ。拒否すべきなのに、不可解なことに与党幹部は、これに迎合している。 前述の記者会見で「食糧援助が国交回復交渉に優先するのか」という質問に、野中氏は「(国交交渉と)並行して行うと言うことで、人道上というくくりで全て表現している」と答えた。 なのに「複数与党幹部」は、拉致の解決を一切口にせず「食糧支援をしないと本交渉再開は困難」(前掲読売)「(食糧援助は)政府間対話を進展させる呼び水とするのが狙い」(1月30日付日本経済新聞)等々食糧支援のみを語っている。これは明白に野中氏の記者会見発言に抵触する言動である。 野中氏はこれら「与党複数幹部」をなぜたしなめないのか。さらに訪朝した超党派の16人の議員及び各政党は、共同声明に違反する言動をとっている「複数与党幹部」に何故に注意を促さないのか。 抗議をしないと言うことは「複数与党幹部」の言動を承認しているからだ。野中氏の日朝交渉再開に「前提条件なし」は嘘で、裏に本交渉前にコメ支援と言う「約束」があったと言わざるをえない。 「政府・与党内では『日本人拉致(らち)疑惑の解明を前提にしては対話の前進は望めない』との声も強まっている」(日経前掲)というが、僅か2カ月前に発表したあの共同声明や記者会見での野中氏らの発言は何だったのか。氏を先頭に超党派で、国民にウソをつき、騙したのではないか。酷い話だ。 特に、解せないのは、日本経済新聞が報道した政府・与党内の「交渉促進、食糧支援、拉致棚上げ論」の台頭である。 日本政府は、95年日朝交渉再開のためといって、50万トンのコメを直接金正日に事実上ただでやった。翌96年には食糧・医療品など6百万ドル相当、97年にはコメ6.7万トン(34億円)を国際機関を通じ無償援助した。 結果は、日朝交渉は再開されず、拉致は全否定、「行方不明者」も皆無。日本に7分で飛んでくる弾道ミサイル・ノドンの20基から30基を日本に向けて実戦配備した。
しかるにこの期に及んでも、政府・与党は、なお拉致を棚上げ、交渉促進のため食糧支援だという。これは無知か、そうでなければ金正日支持の政治家のいう台詞である。 13歳で拉致された横田めぐみさんは、35歳になった。他の拉致された人たちも同じである。
日本国家は、被拉致者とその家族に対して二十余年、何の救いの手も差しのべずにきた。あまりにも惨い話ではないか。交渉促進のために日本人を拉致した金正日政権に食糧支援を云々している政府・与党は、一瞬でもよい、自分が拉致家族と同じ立場に立たされたらどうするか、考えみるべきだ。 大阪の中華料理店で働いていた原敕晁(ただあき)氏を宮崎海岸から拉致(198○年)し、韓国で逮捕、服役していた北朝鮮工作員辛光洙が、昨年末、恩赦で釈放された。私は、家族会と一緒に警察庁に赴き、辛を日本に引き取り、日本の法律で裁くことを要請した。 応対に出た課長は「法と証拠に基づいて捜査する」と数回口にしたが「どうして二十余年間拉致を解決できなかったのか」との問いには、最後まで答えなかった。 家族会蓮池透事務局長は、警察庁をでた直後、「両親は、首相、外相、警察などお願いできるところには全てお願いした。しかし、子供は帰ってこないと途方に暮れている」と寒空の下でポツリと語った。 自分の生命や自由を守ることを政府に頼ることができない。我国はどうしてこんなにも愚かな国家になり果てたのだろう。 コメ一粒でも出したら拉致は棚上げされる。被拉致者をこれ以上放置することは許されない。我々は、座り込みを持ってコメ援助を断固として阻止する。情けないことであるが、こうして自分の住む国家の安全と自身の生命を守るしかないのだ。
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