羅針盤なき北朝鮮外交 佐藤勝巳 (1999.7.12) (一) 共同通信が配信したものと思われるが、七月二日付『新潟日報』は「日朝交渉打ち切り」…北が通告「食糧支援なし」に反発…という見出しで金正日政権が、日朝非公式交渉打ち切りを一日通告してきたと報道した。 もともと北の狙いはコメをとることにある。コメが取れなくなれば、交渉など必要がないと言うことだろう。それにしてもなんともみっともない話である。昨年八月テポドンが飛んできた。すると政府は、(1)食糧支援の凍結、(2)チャーター航空便の運行停止、(3)日朝正常化交渉の凍結などの制裁措置を取った。 北は対抗措置として、一切の裏交渉のパイプを切ってきた。ところが、外務省は今年3月、北工作船(スパイ船)が領海の侵犯をしてきたとき、シンガポールで、北と秘密交渉をしていた。制裁措置を講じると裏交渉が切れることを恐れ、明白な主権侵害であるにも関わらず制裁措置を取らなかった。 それどころか、逆に村山訪朝団を派遣し、日朝交渉再開をするのだと騒ぎ出した。その理由は、金大中政権は「太陽政策」、クリントン政権は「軟着陸政策」で着々と北と関係改善を図っている。日本だけが取り残されている。バスに乗り遅れたら大変だ、と言うものであったという。 そして、水面下で自民党中山正暉議員を二度も平壌に秘密裏に派遣、日朝交渉に応じたらコメ百万トン近く無償援助する旨のメッセージを送った。金正日から返ってきた答えは、村山訪朝団の平壌訪問前ににコメ二十万トンを出せ。また、三年乃至は五年間、毎年百万トンのコメを無償援助を約束せよ、と言うものであったと伝えられている。 あれこりいっているうちに、黄海で戦争が始まり、テポドン2発射が騒がれ出した。そして村山訪朝団は無期延期され、冒頭のように裏交渉も切れたという経過である。一体この一連の流れは何を物語っているのであろうか。 (二) そもそも我国の政府には「軟着陸政策」「太陽政策」についての客観的な分析が最初からなかった。もっと言えば、金正日政権がどういう政権なのかの分析もせず、ずっと昔から非主体的に米韓の動きに追従してきただけだった。米韓が誤れば日本もこけると言うお粗末なものであった。 金正日が昨年8月テポドンを発射したことと、今騒ぎになっているテポドン2発射準備をクリントン政権の「軟着陸政策」でどう説明するのか。 「太陽政策」は、金大中政権が、金正日にカネやモノをやって、考えを変えるというものだ。しかし、大統領の期待とは逆に金正日は、潜水艦をしばしば韓国にいれ、6月には「黄海海戦」を仕掛けてきた。金剛山観光では韓国人を逮捕した。そして次官級会談では肥料10万トンをただとられた。金大中大統領の「太陽政策」はこの事態をなんと説明するのか。 こんな間違ったというか、出鱈目な北朝鮮政策になぜ我国が追随しなければならないのか。日本人10人以上を拉致され、工作船が白昼堂々領海を侵犯し、国家主権を侵害しているのに、日朝交渉に応じてくれたらコメ80万トン援助するはないだろう。 (三) なぜ、こんなことが起きてきているのか。理由は簡単である。政府部内に北朝鮮についての蓄積はあるかも知れないが、何も知らない人たちが政策判断をしているからである。雑誌『諸君』8月号にも書いたが、外務省の担当課長、参事官、審議官、局長は、約2年でくるくる変わっていく。他の内閣情報調査室、公安調査庁もすべてそうだ。要するに朝鮮問題の素人が、情報を分析したり、外交をやっているのである。 政治家などにいたっては素人の上に「ど」がつく。こんな人たちが、売名や利権に目が眩んで、右顧左眄しながら金正日に対応しているのだから、論理の一貫性などあろうはずがない。 高村外務大臣は6月2日国会で、拉致は日朝交渉の入れ口ではなく、真ん中で話し合うと答弁した。この答弁は同じ頃、小渕首相と野中官房長官は「この問題を外交の最優先かだいと位置づけ、改めて指示を出した」からである(産経新聞6月5日)という。日朝交渉再開に並々ならぬ決意表明である。 ところが1カ月後には、テポドン発射近しで、日朝交渉どころの騒ぎではなくなっている。1ヵ月先の予測さえ出来ないお粗末な判断である。こんな状態が続いているのは一言でいって、金正日をテロ政権と捉えていないからである。 1カ月先の朝鮮情勢も読めず、同じ誤りを何度も繰り返し、そして反省もない。北朝鮮外交はほとんど救えようがない状況に陥っている。拉致の救出など想像もできない状態であり、大変な国になってしまっている。 |